2012年11月26日月曜日

第4回 「故郷を離れ暮らすこと。そうして繋がる文化と人」



モノとチエをもちより、かんがえ、わかちあう。みちのく+くらし。を
コンセプトにした「みちのくらし」。第4回は、「故郷を離れ暮らすこと。
そうして繋がる文化と人」です。日系ブラジル2世のヴァレリア大槻ヴァ
レリアハルエさんをゲストに、お仕事やご自身の経験談について、また
BrazilCafe」という活動についてお話していただきます。故郷を離れる
ということ、文化のこと、共に暮らす生き方などを一緒に考えていく機
会になればと思います。

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第4回  「故郷を離れ暮らすこと。そうして繋がる文化と人」

日時:12月19日(水)19:00 〜21:30

仙台市青葉区本町1-14-30-1F

会費:2,000円(ブラジル料理付き)

定員:20名
主催:せんだいコミュニティカフェ t,able 
申込:070 - 6954 - 3156(せんだいコミュニティカフェ t,able 皆川)
又は、 sendaicommucafe☆gmail.com(☆を@に変更してください)

ゲスト: 大槻ヴァレリアハルエさん 

ブラジル・サンパウロ生まれ育ちの日系2世。1995年に東北大学歯学部
で技術研修するために来日。その後結婚して仙台で生活。ポルトガル語
講師、ブラジルの文化の紹介、講演会、国際交流イベント、多文化共生
プログラムなどで幅広く活躍。


:12/8追記:

当日お出しする予定のブラジル料理メニューです!

【メニュー

○鶏肉とコーンのストロガノフィ ブラジル・サンパウロ風 
アホス・ジ・コロラオ(パプリカご飯) 
パステウ・デ・パウミット(ヤシの芽のおやつ) 

*マテ茶、ブラジルコーヒーなども用意します。 
*別料金で、ケンタウン(ブラジルのお酒ピンガの暖かいカクテル)を
ご注文頂けます。 

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お父さんが仙台市出身の日系ブラジル2世のヴァレリアさん。 ポルトガ
講師をしながら、ブラジルのお料理会やライヴとともに、 ブラジルの日
社会や日本のブラジル系日系人社会の歴史・文化紹介をしてきました。 
震災後は、お祖父さんの出身である宮城野区蒲生の人々が暮らす、岡田の
仮設住宅を中心に、県外のブラジルの団体と協力して炊き出しを行ったり、
支援グッズの販売をしたりと活動を続けています。 おいしいブラジル料理
を食べながら、「故郷」を離れるということ、「文化」のこと、共に暮ら
す生き方など一緒に考えてみませんか。 


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是非、お気軽にご参加下さい。

2012年11月11日日曜日

第3回 「食と農。震災1年半後に描く未来図」終了致しました。



11月8日に小さき花 市民の放射能測定室仙台」代表の石森 秀彦さんをゲストにお迎えした、みちのくらし第3回「食と農。震災1年半後に描く未来図」が終了しました。

平日にも関わらず多くの方にご参加いただきました。タイトルにもありますが震災から1年半が経ち、普段の生活に戻りつつある中で改めてこうした場が必要であると感じました。

トークの前半は石森さんがなぜ有機野菜の農業を始めたのか、震災後に測定室を始めた経緯などを、当時とった行動に触れながらお話しいただきました。途中、メンバーが作る食事をいただきながら和やかな雰囲気の中伺っていきます。

t,ableのメンバーが作る食事の様子
 


<有機農業を始めたきっかけは?>
ー 昔、農業に接する機会があって、色々な人が色々な形で関わりながら作っていく仕事は他にないな、面白いなと興味を持ったのが始まりでした。その後、農大で有機農業などを学びネパールのNGOで仕事をするようになった。続けていると、仕事に対して限界を感じることも出てきた。例えば農業の技術を現地の人に教えるときに感じた事は、現地のある問題に、土地の事をよく知らない別の国の人が、その場で考えた解決策はうまくいくはずがない。その地域に長く暮らすからこそ本来の解決策が見えてくるわけです。

そこで、現地の問題は現地の人にしか解決できないのだなと感じ日本へ戻り、今までのノウハウを活かし「自立」できる循環型の暮らしを目指すようになった。有機野菜の栽培など様々な取り組みを続けることによって、近隣のお宅へ配達できるほどの野菜が作れる迄に至った。


<東日本大震災以降は>
ー 原発の事故によって有機農業の核とも言える飼料、腐葉土などが全て放射能に汚染され使用できなくなった。このひとつが絶たれるだけでも、循環型の暮らしが崩れてしまうのにいくつも絶たれてしまったわけです。これからどうしていこうかと考えてしまった。原発の事故以降はとりあえず南に疎開し、一週間程度避難すれば仙台に「戻れるのか」、「戻れないのか」がわかると思った。でも情報が全然出ない、野菜に関するデータも出てこない、そのうちに政府の安全宣言が出る。その時は、まだ測定の結果も聞いていないのにと感じた。

その後、息子の高校(山形県と新潟県との県境)から「放射能の計測を続けた結果大丈夫」と連絡があって初めて山形は大丈夫なんだなとわかった。それで戻ってきたけど、その時も宮城県の情報はわからなかった。あまりにも情報がなさすぎて、自身も含め信頼している友人さえ判断が出来なかった。これら受けて、ちゃんとしたデータがわかるまでは野菜を作ったり配達は出来ないと思って辞めました。その当時農業を辞めたのは僕だけだったんじゃないかな。


<放射能測定室を始める経緯>
ー データが出なかったことを誰かに頼って考えるのではなく、まずは自分が行動すること。こうした考えと、不思議な縁も重なって450万する測定器を購入し測定室を始めました。目的は、それぞれの食品を食べても大丈夫なのかどうかの判断材料にしてもらう事、そして測定費をなるべく安く設定することで誰でも気軽に測定が出来るようにする事。なるべく多くの人の被曝を少なくしたい想いです。

測定しに来る人でよくある質問は「孫に食べさせても大丈夫か?」「これは食べても大丈夫か?」など様々。年配の人は気にせず食べても良いように言われているけど、そんなことはない。放射能の影響を一番受けやすいのは、子どもと年寄りなんです。どちらにしても気にしなくて良いことはないのです。こうして、たまたま測定室をしてるけど、皆が暮らしやすく平和になればいいなと思っています。

<今後の展望>
ー 沢山のコミュニティが関われる場所にしたい。そうすることで、更に沢山の人に関心を持ってもらえるように活動を広げていきたいと考えている。そのためには継続的にこうした場を設けること、モチベーションを持ち続けることが大事だと思う。皆さんの協力も必要になります。

後半は、参加者の自己紹介と感想、質問を伺いながら何を考え行動していけば良いのか話を深めていきました。皆さんからは、より具体的な質問が多く石森さんが数値や専門用語を資料を交えてわかりやすく教えてくださいました。答えなき問題にモヤモヤとしつつ、では今何ができるのか?という「希望」をわかちあえたひと時だったなぁと感じます。参加していただいた皆さま、ゲストの石森さん、有難うございました!


<食事のメニュー>

・おばー茶(野草茶)
・「パン工房 麦」さんのカンパーニュ
・ひよこ豆とかぼちゃの豆乳スープ
・紅芋の茶巾絞り
・パプリカとマクワウリのサラダ
・バジル(飾り兼食用)
・食用ホウズキ
・紅芋チップス
・穀物コーヒーまたは紅茶

パプリカ、マクワウリ、食用ホウズキ、バジル、は石森さんのビニルハウスで栽培されたもの(ビニルハウスの土壌は3ベクレル/キロ以下です。野菜も測定しています)。甘くて美味しかったです!かぼちゃは、村田の三田さんの清内路かぼちゃ(在来種)です。(検出限界2.6ベクレル/キロで不検出)おばー茶、紅芋と紅芋チップスは「はなつちの会」を通じて沖縄・伊江島から届きました。「パン工房 麦」さんは、安心な材料からおいしいパンをつくっています。皆さま、いつもどうもありがとうございます。